2019.9.7 鉄道模型運転会

2019.09.08 Sunday

0

    JUGEMテーマ:鉄道

    台風15号が近づいてきていますが、今のところ天気は大きく崩れてはいません。

    今朝ベランダに出ようとしたら、蝶が止まっていました。

    知らずに1mくらいに近づいても飛び立たずにじっとしていましたが、カメラを出して離

    れた所から望遠にして撮影しました。見た時はアサギマダラかゴマダラチョウかと思いま

    したが、ネットで調べてみると「アカボシゴマダラ」という種類のようです。本来は中国

    や朝鮮半島に居る種で「外来種」ですが、貨物に付いて来た、とかではなくて愛好家によ

    る人為的な放蝶の可能性あり、とのことです。少々驚きました。

     

    話がずれましたが、昨日は定期的な鉄道模型運転会でした。今回は16.5mmです。前

    回8月はこちらが参加しているイベントと重なったので2か月ぶりです。

    昨日朝は、まず模型をいじることから始めました。先日デコーダーを追加した名鉄7000

    系ですが、ミュージックホーン専用のスピーカーは今までの大型スクエア型でした。これ

    ですと28mm径爆音スピーカーの走行音に負けているので、ミュージックホーン専用の

    方も爆音スピーカーに交換することにしました。

    交換前のスクエアスピーカーです。

    爆音スピーカーを、振動板をエンクロージャー内側に向けて取り付けました。

    前回同様、スピーカー+エンクロージャーが床板幅一杯なので、車体側のアングルをスピ

    ーカーの部分だけ削ります。またエンクロージャーも目立たないように黒い紙を巻きまし

    た。音量も確認し、十分な音が出ています。

    この後準備して10時に家を出ました。今回は荷物は少なめです。道路ですが混雑してい

    たり流れが悪く、時間がかかりました。

    11時過ぎに到着しましたが、今度は施設の駐車場がいっぱいで、開放された校庭に車を

    停め、校庭を横切って施設に入りました。

    会場の部屋に入ってご挨拶します。今回はいつもより参加者が多く、Gゲージの時に見え

    る方もいらっしゃいました。にぎやかで楽しいです。

    また先日の「総本山」でのDCCイベントで司会を務められた方もいらっしゃっており、

    新しい基盤のデモなどされていました。自分もデコーダーのことで最近わからないことなど

    を伺うこともできましたし、逆に模型についてこの方にご説明することもできました。

    お互いにわからない所を教えあうのがこの運転会のいいところです。午後から持参した車両

    を走らせます。

    先日カプラー交換をした南海「こうや」号を走らせます。運転会のレイアウトで一番急な

    R670の通過を確認したかったからです。御覧の通り、R670では問題ありません。

    上が連結面の狭い方、下が広いほうで、どちらも車体は触れていません。

    続いて今朝スピーカー交換した名鉄7000系を走らせました。音も出してみましたが、

    広くてかつざわざわした環境ではさほど大きくは聞こえませんでした。

    運転を終え、2本をヤードに入れたところです。

    その後転線して並べてみました。

    早めに帰るメンバーや、午後から来るメンバーも居て、絶えず話の輪ができていました。

    今年も秋に予定されている、メンバー所有のバスによる旅行の話も出ました。今回は久し

    ぶりにいろいろな方とお話できて楽しく過ごせました。

    またメンバーの職場のお友達という方も見えていました。自分は初めてお会いしましたが、

    昔16番をやられていたそうで、昨日も模型を持参されていました。

    それが西武のE851!何十年ぶりに出してきた、とのことです。縦型モーター+

    インサイドギアですが、久しぶりとは思えないほど快調に走っていました。この写真は

    自分のリクエストでコンテナを牽引してもらった時のものです。

    お話ではエンドウ製ではなく、とある模型店の数量限定の特製完成品だそうです。おそらく

    腕の立つお客様かキット組みになれた人が手掛けたのだと思います。屋根上はかなり細かく

    作り込まれています。

    台車はEF65用をそのまま使われているようです。前部の標識灯あたりを見ると

    ひかり模型かフェニックスあたりのキットかと思われます。エンドウ以外の製品を

    間近で見られたのは初めてです。

    午後から来たメンバーが愛知出身で、名鉄7000系についていろいろ教えていただ

    いただけでなく、「名鉄愛」のようなものも感じました。

    いろいろな人とお話しましたが、中には間違った内容のものもありましたが、いちいち

    間違いを指摘するのも面倒なので黙ってそのまま聞いていました。メンバーのほとんど

    が1/80を「HO」と呼ぶのも残念ですが、これもそのまま聞いていました。

    17時半過ぎまで運転し、会場を後にします。8日も行われますが、台風の接近その他

    があるので8日は参加しませんでした。

    帰りも道の流れは悪く、いつもより時間がかかって帰宅しました。昼間も暑かったです

    が、夜も熱気が取れず久しぶりに暑くなりました。

     

    2019.9.5 京浜急行踏切事故について

    2019.09.06 Friday

    0

      JUGEMテーマ:鉄道

      昨日昼前に発生した、京浜急行車両とトラックの事故について記します。すでに会

      員制SNSには書き込みましたが、こちらにも現時点での情報を基に書きます。

      今回の事故は、たまたまテレビを見ていて、まずニュース速報のテロップを見て、

      住所から「新町あたりかな」と思っていたことが的中しました。

      続いて映像を見て、まず車両を見て即座に「特急や快特など優等列車」であるとわ

      かり、「ということは新町は本来通過するのでかなりの速度(時速100キロ以上)

      出ていたであろうこと」が想像できました。また鉄骨の架線柱がひしゃげていたり、

      他にもコンクリートの柱も傾いていましたから、車両の状態も含め「復旧に時間が

      かかる」ことも想像できました。その時点でトラックが原型をとどめておらず火や

      黒煙も出ていたので人的な災害も拡大する怖れもありましたし、積み荷らしき果物

      が散乱しているのもわかりました。

      乗客が避難していましたが、車両の客用ドアから直接道床に飛び降りていたので、

      「駅が近くにあるのになぜはしごなど使わないのか」が気になりました。後ろの

      車両はまだホーム上でしたから、ホームに避難している客も確認できました。

      最近あまり京浜急行には乗っていませんが、今回の事故区間は並走するJRから

      見ることがあり、踏切が多く存在する区間ですが、通過列車はかなりのスピード

      で走っているのは見ていました。もう一つ、多摩川を渡る手前の東京都の区間も

      同様に地上線を通り、踏切や通過駅のホーム幅が狭いところもあるので、列車に

      乗っていて怖く感じることもありました。

      列車は快速特急で、京浜急行で最高の時速120キロで走っていたこともわかり

      ました。法令で、鉄道車両はいかなる速度でも停止措置をとってから600m以

      内で停止することが義務付けられています。逆に言えば完全に止まるまで最高

      600mは走ってしまうということです。

      今回は踏切内に進入したトラックが立ち往生して、脱出を試みているうちに列車

      が接近し、警報機が鳴り、遮断桿が降りてしまったそうです。踏切に設置されて

      いる障険(踏切障害物検知装置)がトラックを検知し、そこで初めて列車に対し

      て障害物を知らせる発光器が点滅したようです。動画では信号機と別に設置され

      ている発光器が点滅しているのが確認できました。障険は踏切が閉塞された際に

      踏切内にいくつか設置されているセンサーが物体を感知すると発光器が光る仕組

      みになっています。バスの降車口に穴と光があり、そこの間に物があるとバスの

      ドアが閉まらずに動けない仕組みと似ています。

      あるいは踏切に設置されている「非常通報ボタン」を押せば基本的に同じ発光器

      が点滅して列車に知らせます。列車の運転士は障険の発光器を手前で確認して

      すぐに非常制動をかけたと思いますが、自動車もですが、人間が感知して停止の

      動作に入るまでにコンマ何秒かの空白があり、この間列車が走ってしまう「空走

      距離」が存在します。120キロですとコンマ何秒でも結構な距離を移動して

      しまいます。これがぶつかってしまった原因の一つかもしれません。

      今回の事故は、トラックが道を間違えた可能性があり、運転手も焦っていたと

      思われます。あるブログでは運転手が自力で脱出を試みたことを「プロ根性」

      と書かれていましたが、自分の考えは「トラック運転手は道を間違えたことで

      焦っていた。予定の時刻に目的地に到着しないと、生鮮食品を積んでいたので

      客先や会社から自分が責められたり、経済的損失を負担することが怖くて焦っ

      ていたのでは」と推測します。

      そのような考えはとりあえず捨てて、まずは人命を最優先に考えてほしかった。

      自力脱出よりもまず上記の「非常通報ボタン」を押して一刻でも早く列車に

      危険を知らせ、自分も安全な場所に避難することを最優先に考えてほしかった

      と思います。警報機が鳴って障険が作動する前に列車が危険を察知していれば

      トラックの手前で停止できた可能性もあります。

      これは「たられば」ですが、駅の近くでしたから、駅に居た職員や利用客が、

      脱出できないトラックを見てホーム上の「緊急列車停止装置」のボタンを押す

      ことも考えられました。そうすれば新町駅から一定範囲内のすべての信号機

      が停止現示となり、列車は手動あるいはATSなどで停止します。そしてこの

      場合安全が確認されるまで列車は動くことはできません。

      これらの防護措置が取られなかったこと、たまたま接近していた列車が通過

      列車だったことなど様々な出来事が重なって起きた事故のように思えます。

      怪我をされた方々の早期の回復と、早急な復旧を願います。

      また国土交通省の事故調査委員が派遣されていますから、事故の原因究明と

      再発防止もお願いしたいと思います。

      かつて鉄道関係の会社に居たこともあるので、若干専門的な記述になったこと

      をお詫びいたします。その会社の京浜急行担当の方が

      「京浜急行は先頭車が電動車で重いから脱線しても転覆しない」と言われて

      いました。すでに報道でもそのことが取り上げられています。

      今回先頭車両が傾いたものの完全に横にならなかったり鉄道用地外に飛び出

      さなかったのは重かったことからだと想像できます。これだけは「不幸中の

      幸い」でした。

      2019.9.4 企画展「流線形の鉄道」 その他

      2019.09.05 Thursday

      0

        JUGEMテーマ:鉄道

        JUGEMテーマ:日記・一般

        今日(9月5日)もそうですが、昨日も朝から気温がほとんど上がらず、涼しく

        過ごしやすい1日でした。昨日は朝から所用がありましたが、思ったより早く10

        時過ぎには終わったので、一旦気帰宅した後で電車で都心方面に向かいました。

        まずは新橋に向かいます。自宅からの場合、西武線で高田馬場に出て山手線で新橋

        まで乗車しますと、新橋はちょうど反対側で、内回り・外回りどちらに乗っても

        30分くらい乗車します。30分乗っているのが嫌なので、昨日は高田馬場から

        地下鉄で大手町に出て、7月の銚子旅行の時同様地下を歩いて東京駅に出てから

        山手線で2駅乗車することにしました。

        メトロの車内で、車掌の次駅案内の際に車掌の肉声で英語の案内も流れました。

        先日西武線のワンマン車に乗った際も肉声の英語の案内がありました。メトロの

        車両は15000系だったので当然日英2か国語の自動放送も付いているはずです。

        現に昨日は駅案内以外の自動放送が流れました。西武のワンマン車も自動放送が

        あるのですが、なぜ肉声で英語の案内をしていたのか、来年の

        「TOKYO2020」を意識しているのでしょうか。

        新橋に着いたのは12時過ぎ、街はちょうどお昼を食べる人たちでにぎわっていま

        した。食事は混雑していますから、まっすぐに目的地に向かいます。

        何回か行っているこちらの施設での企画展です。先月発売のとある模型誌に紹介

        されていたので行ってみました。

        こちらはチラシの表面です。

        今回の展示は、1930年代、世界的に流行した「流線形車両」についての紹介・展示と

        その時代背景などについても触れられていました。特にアメリカの流線形蒸機をメインに

        しており、その他に日本の車両についても紹介され、他は簡単に紹介されている印象です。

        写真と模型の展示が中心で、模型は個人所有と思われるOスケールのものが中心で見栄え

        はしました。これまでアメリカの流線形の客車列車は先頭車両は見る機会が多かったので

        すが、後ろの車両はあまり紹介されていなかったので、模型でそれを見ることができたの

        は貴重でした。今までの企画展に比べて文章の比率が高い気もしました。

        Oスケールの他、PRRのGG1はGスケール模型での展示で迫力がありました。

        他に興味を惹いたのは、満鉄「あじあ」号の当時のパンフレットで、客車車内の写真が、

        写っているのはモデルとしてもその服装に「これが昭和1ケタ時代の写真か」と驚くほど

        華やかでした。

        展示は撮影禁止なのでお見せできませんが、展示室までの階段の壁にもC53、C55、

        EF55、パシナと言った流線形車両の1/80などの模型が展示されていました。C53

        ・C55は天賞堂、パシナはカツミ製とのことです。他にもドイツの05やイギリスの

        「コロネーション」の模型もあり、それぞれ1/87や1/76と思われます。パシナは

        1/87か1/80か不明です。パシナの隣には、最後尾の展望客車「テンイ」の模型も

        展示してありました。

        ビデオにも当時の記録映画を編集したものがあり視聴しました。C55流線形やモハ52

        の映るおそらく関西の映像と、EF55が写る東京の映像、僅かですが満州でのパシナの

        映像もありました。流線形車両だけでなく、当時の他の車両や珍しい信号扱い所の様子、

        今は復元されましたが、戦災に遭う前のオリジナルの東京駅の屋根なども見ることができ、

        貴重な映像です。

        ゆっくり見てから図録を求め、外に出ます。ちょうど13時で、食事はまだ混んでいるで

        しょうから次の目的地に向かいます。都営浅草線の新橋駅を目指しますが、あまり利用した

        ことがないので入口に迷い、案内図を参考に見つけます。ビルのテナントの中を通って階段

        を降りて駅に出ました。浅草線で東日本橋まで乗り、都営新宿線に乗り換えます。路線図で

        はかなり歩くかと思いましたがまっすぐに通路を歩いたら思ったよりすぐに着きました。

        新宿線を1駅乗車して浜町で降ります。

        明治座です。

        現在上演中の「サザエさん」ですが、以前テレビ番組で松平 健が波平をやる、

        と聞いていささか驚きました。

        寄り道しましたが、目的地はここです。あらかじめ伺う旨お伝えしており、ショールーム

        にていろいろお話を聞いたりこちらから質問させてもらったり、実際にデモも見せていた

        だき、商品を買い求めました。13:30過ぎから1時間以上も居ました。

        外に出ると付近の飲食店はすでにランチ営業を終えていました。明治座では上記舞台の昼

        の部が終わったようで、大勢の人でごったがえしています。

        駅に戻り地下鉄で新宿3丁目へ、そこから徒歩にていつものように西武新宿に出ました。

        帰りに乗車したのは2000系のトップナンバーでしたが、この車内でも肉声による英語

        の案内がありました。

        展示品が撮影不可なので、基本的に図録を買っています。このイラストは今回に合わせた

        書き下ろしでしょうか。

        今回の展示で紹介されていた主にアメリカの流線形車両や、それをデザインしたインダス

        トリアルデザイナーの名前は、今も持っている鉄道ファン1974年10月号「特集

         流線形車両」の中のある記事で見ていました。

        むさぼるように読んでいたのでかなり傷んでいます。

        もう一つ、過去の企画展の図録を中も見ないで買ってきました。

        タイトルに惹かれて買ったのですが、帰ってから中を見ると想像とは全く違った内容

        でしたが、却って興味ある内容でした。

         

        2019.9.2 16番プラ客車加工

        2019.09.02 Monday

        0

          JUGEMテーマ:鉄道

          去る8月26日の記事で、KATOオハ35を原型・ぶどう色2号に復元しましたが、

          窓枠についてテープを貼っていましたが、やはりうまくいかないので窓枠を塗装する

          ことにしました。ただ自分の技量では透明な窓部分の大きさにマスキングテープを切る

          ことは無理です。そこで縦横4辺ある窓枠を1辺ずつ塗っていくことにしました。

          各窓を同じ1辺だけ残して他をマスキングし、乾いたら次の辺、・・・という順番で4辺を

          4回塗装します。

          一番目は上の辺を残してマスキングしました。

          青い枠部分がしっかり出るようにします。多少吹き込みがあっても最後にまとめて

          修正する予定です。

          このようにスプレーを吹き、乾いたら次を塗り、と繰り返しました。

          最後の辺の塗装の1吹き目でスプレーが空になってしまいました。もともと車体を塗れ

          れば良いと思っていたので、窓枠は想定外でした。また量は少なくても4回塗装するので

          塗料の減りも早くなります。

          なかなか模型店に行けず、というよりついでに立ち寄る用事がありませんでした。一度は

          近所のホームセンターに用事があって行った際に近そうな汎用スプレーを買いましたが、

          実際吹いてみたら色が違いすぎて使えませんでした。

          以前「総本山」でもGMスプレーが売っていたのですが、8月31日に行った際に販売コ

          ーナーを覗いてみましたが、GMスプレーは置いてないようでした。

          今日所用があった際に前回スプレーを購入した模型店に立ち寄り、購入できました。窓枠

          のことがわかっていたら、前回にロング缶を買っていれば間に合ったかもしれません。

          帰宅後残りを塗装し、やっと塗り終えました。

          終了後の窓です。若干の吹き込みがありますが、むしろ窓ガラス裏側への回り込みの方が

          気になります。蒸機の煤が付いたと思えばいいのでしょうが、綿棒にエナメル系シンナー

          を漬け、裏側をふき取りました。逆に表面の吹き込みはあまり気にならないので一部だけ

          をふき取りました。綿棒で窓をこすったつもりでも案外窓枠をふき取って、せっかく塗装

          した塗料が剥げる可能性があるからです。またこの写真は目立つように白い紙の上に置いて

          いますが、実際はここまで目立たないと思います。

          裏側を拭き取った後です。トイレ窓は吹き込みも拭き取ってみました。多少は

          窓ガラスが透明になったと思います。窓パーツを車体に嵌め、組み立てました。

          両サイドから見ました。離れればあまり吹き込みは目立たないと思います。

          他の車両もいじりました。

          スハフ32には標識円板の半円をぶどう色2号に塗って付けました。これは筆塗りです。

          C56に牽引させる予定のオハフ33の一部手すりが、このように曲がっています。

          これはKATOのパーツがなかった際に、TOMIXのナハ10あたりの手すりを

          ぶどう色2号に塗って付けたもので、わずかな寸法の違いで曲がってしまいました。

          今回これを取り換えるために、KATOのAssyパーツのブルーの手すりをいくつか

          ぶどう色2号に塗って交換しました。

          近くで見るとブルーが見えますが、これも離れればわからないでしょう。

          ちなみに車体原型・ぶどう色2号で台車がコロ軸受けという個体はいくつかあったようで

          ネットで調べたところ、大井川鐡道にいるオハ35にも現存しているようです。

          これで一連の旧客の改造が終了しました。

           

          2019.9.1 再び保存蒸機について

          2019.09.01 Sunday

          0

            JUGEMテーマ:鉄道

            この話題を取り上げるのも5回目くらいだと思いますが、地元の市営公園で保存されている

            D51が荒廃し、管理する市側が解体・撤去を決定した件についてです。

            このSLのことが今年6月のテレビ番組で放送されたことで、事情を知った有志が集まって

            「SL保存会」を立ち上げ、解体の中止とSLの復元・保存を市に求めていく、という流れ

            になっています。

            この件で昨日たまたまある動画を見つけました。

            動画は30分弱の長さで、ほぼ全編、You Tuberと思われる人物が語る画面です。

            この方はいろいろ鉄道関係の動画を上げているようです。

            昨日この動画を最初から最後まで拝見しました。この人物は、このSLについてはあく

            まで第三者として、保存会側にも市側にも与さないという中立の姿勢を取る、と言われ

            ています。動画の中にも出てきますが、市側が専門業者に見積もってもらった復元見積

            もりが高いのではないか、保存会側が専門家に見積もってもらったところかなり安かった、

            という話を客観的に伝えています。さらに事実関係は不明だが、と前置きした上で、市側

            で見積もったJR東日本系列企業の話なども出ています。その話の真偽は現状ではなんと

            も言えません。

            自分は、他の業者に相見積もりを取らせて金額がどうか検討しても良かったとは思い

            ます。自治体は談合の疑念を回避するために基本は相見積もりを取るはずですが、どう

            して1社だけだったのかは疑問です。

            例えば地元の西武鉄道にも見積もりを出してもらう方法もあります。西武鉄道は自社の

            このような荒廃した車両を復元した実績がありますので、見積もりは出せると思います。

            あるいは、これは推測ですが、保存会側が見積りを依頼したのが西武鉄道かもしれませ

            んが、それは自分にはわかりません。

            もう一つ、震度6クラスの地震で機関車が倒壊するという件について、保存会では実地

            調査して、市側が指摘した枕木の劣化についての反証をしているとこの動画では言われて

            いますが、自分は枕木云々よりもむしろ機関車自体が今後地震、あるいは老朽化で崩壊

            するのではないかと思います。その方が心配です。当然アスベストの問題もあります。

            また現状での市民の機関車に対する関心の問題もあります。たまたま今回、5年前に

            この機関車をご覧になっていたという方のブログを見つけました。

            http://b767-281.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/d51-684-5bfc.html

            これを拝見すると、4年前にすでに今のような状態だったことがわかります。また

            さらにさかのぼった時点でも同じく荒廃していたという記述もあります。

            また公園を利用する市民の関心の低さも記述されています。ここは市民が野球やテ

            ニスなどを行うために使う公園で、行けばSLが見えるはずです。それでもこのSL

            の状態を見て市民の多数はあまり感じていないようです。中には市に対して意見を述

            べた方もいらっしゃったかもしれませんが、少数意見で市としてはこれまで重い腰を

            上げてこなかったのでしょう。

            自分を含めて市民があまりに無関心だったために、この機関車はここまで荒れてしま

            ったのだと思います。私たち市民の責任もあると思います。

            40数年前、この機関車が来た時は結構見学者もあったと思います。自分も子供の頃、

            わざわざ見に行きました。また当時は国鉄OBやボランティアによる清掃も定期的に

            行われていた記憶があります。毎月発行される市のお知らせに「今度のD51清掃作業

            は〇月〇日に行われます」といった記事が出ていて、清掃ボランティアを募集していた

            記憶があります。

            しかし年月が経ち、皆が機関車のことを忘れ、子供たちの関心も薄れ、手入れされない

            機関車はここまで荒れてしまったのだと思います。

            上記の動画の方は、保存会の代表と挨拶程度だそうですが、お会いしたそうです。そこ

            で代表から保存会が今年6月に設立されたばかりということはうかがわなかったみたい

            です。度々述べていますが、保存会のメンバーもこれまで機関車のことを忘れて放置し

            ていたのですから、今更残してほしいというのには疑問を感じます。普段から見ていれ

            ばここまで酷くなる前に市に働きかけるとかできたはずなのに、それを保存会は行って

            いませんでした。動画では保存会が市に話に行ったが、市が受け付けなかったという話

            も出ていますが、これがいつのことなのか、またどのような内容かはわかりません。

            いろいろ書いてきましたが、解体は決まってしまいました。自分はここまで荒廃して残

            すよりは解体してしまうほうが安全面も、またこの機関車にとってもやむを得ないが仕

            方がない、と考えます。

             

            追記

            上の記事を書いたあと、少しネットで検索してみたところ、これまでの機関車について

            の市側の対応についてまとめられたサイトがありました。

            http://w.atwiki.jp/d51451preservation/pages/34.html

            やはり機関車について、これまでに市民から度々質問があったようで、市がどのような

            対応を検討していたか、また市議会でも取り上げられていたことがわかりました。

            今回の前にも、市がいずれかの業者に整備の見積もりを依頼していたこともわかりました。

            興味深いのは、過去の市側の発言で、今後の機関車の取り扱いについて数例挙げています

            が、その一つに「現状復帰してJRに返却する」というものがありました。以前から市

            にはSLを綺麗にしてJRに返す、というプランがあったようです。上記の動画の中に

            出てくる、真偽が不明の話にもつながるような事柄です。

            あるいは過去の見積りについて、市長から「オーバーホールで7千万、野ざらしにでき

            ないので屋根を付けるなどしたら1億円超かかる」という話も出ています。今回の見積

            もりも、機関車本体だけでなく、付帯施設整備代込みなのかもしれません。

            ただし金額の多少はともかく、残すのであればまず綺麗にするお金+今後維持していく

            お金も将来にわたって発生します。言い換えれば今後いくらかかるかわからないのも

            事実です。解体するのであれば基本的にそれだけで費用の発生は終わります。直接市民

            の益につながらない案件にお金をかけられないのは確かです。