2019.8.31 「総本山」へイベントを見に行ってきました

2019.08.31 Saturday

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    JUGEMテーマ:鉄道

    8月も終わりが近づき、以前のような高温や、サウナのような蒸し暑さがここ何日かは

    少し和らぎ、朝晩は涼しくも感じられるようになりました。日中も風があれば冷房なし

    でも過ごすことができます。自分が子供時代の「真夏」の暑さはこのくらいだったよう

    な記憶があります。暑さには弱い体質ですが、このくらいであればなんとかなります。

    表題ですが、運転会で何回かお会いしている、DCC機器を開発をされている方が、同

    じようにDCC関連機器を開発されている方々とつながり、一つのグループを作られて

    います。そのグループが31日、KATOの俗に言う「総本山」で、サウンドデコーダ

    ーを中心にしたデモを行うことが、この方のブログで以前から発表されていました。

    知ってはいましたが、このイベントには行くつもりはありませんでした。

    ところが直前になって、このグループと共催で別のイベントも行われることを知り、そ

    ちらの内容に興味を持ったので、急遽行ってみることにしました。

    「総本山」へは自分の場合、西武新宿線からですと最寄駅から20分くらい歩くことに

    なります。あるいは別の駅から歩き、さらに地下深くまで降りて都営大江戸線に乗り換

    えるしかなく、いずれも面倒なのでもっぱら車で行っています。車ですと新青梅街道を

    ひたすら走るだけなので楽です。

    今回も午後から車で向かいました。あまり土日には行かないのですが、平日よりも時間

    がかかりました。また「総本山」の無料駐車場が空いているかも不安でした。満車なら

    付近にあるコインパーキングを利用すればいいのですが、若干料金がかかります。今日

    は幸い「総本山」の駐車場が空いていたので駐車場の心配はしなくて済みました。

    毎度おなじみ、赤い電車が目印の「総本山」です。

    イベントは2階にて行われていました。

    DCCのグループの内容です。すでにオリジナルのサウンドデータを公開しており、誰

    でも利用可能です。掲示の通り、本日から第4弾も公開されています。

    会場に着くと車両のデモ走行が行われていました。テーブルが2つあり、それぞれHOと

    9mmの線路が敷設され、車両がデモ走行していました。

    運転会メンバーが持参した、TOMIX(16番)モハ70にESU Loksound5を

    搭載した車両です。データは上記「オープンサウンドデータ」の釣り掛け電車用です。

    運転会に顔を出されている開発者の方と、この70系を持参された運転会の主催者に

    ご挨拶します。

    15時から運転会に顔を出されている方の司会で、自動運転のデモと、LokProgrammer

    を使ったサウンドデータの書き換えのデモが行われました。パソコン画面を2カ所に映し

    出し、実際の手順が確認しやすくなっていました。デモの運転はこの司会の方が開発し

    た、Wi-Fiを使ってスマホでコントロールできるシステムを利用していました。これを

    含めて、基本的にコマンドステーション関係やデコーダーはこのグループのメンバーが

    開発したものを使っているようです。

    こちらは自動運転のコマンドで、自動運転も簡単にできることをアピールしていました。

    デモでは線路上に2カ所センサーがあり、そこを列車が通過することで検知し、制御して

    いるようです。

    データ書き換えに関して、ESU Loksond5の音の仕組みについて解説しています。

    いろいろな音源別のコマンドの図解で、これはパンタグラフ上昇のコマンドです。

    写真撮影自由で、参加者がどんどんSNSで発信して、1人でも多くのDCCの仲間を

    増やそう、という趣旨からのようです。

    日本のDCCユーザーは極く少数だと思っていましたが、会場はかなりの人数がつめ

    かけており、質問も多く出て熱気を感じました。名簿に(本名でもなくても可)出席者

    の名前が書かれていましたが、ほとんどの方がDCCを行っているようで、いささか

    意外でした。対照的に2階のほかのお客は全く興味を示していませんでした。

    今回の発表内容はどちらかというと自分でサウンドデコーダーに音のデータを入れたり

    あるいは編集するという、プログラミングの要素が強い内容でした。グループの名前も

    「DCC電子工作連合」というくらいです。いわゆる「サードパーティ」ですが、コスト

    パフォーマンスに優れた製品や、ものによってはメーカー品を凌ぐスペックを持つものも

    あります。自分はプログラム作業は自分ではやらないので、今回の内容はあまり関係は

    ありませんでしたが、出席者のほとんどはすでに、あるいはこれから自分で音のデータを

    作ったりデコーダーに入れていこうという方々ばかりのようです。

    グループで作った「DCC同人誌」です。このようなグループのイベントなどで配布

    されます。2号目のようです。表題のように9mmが中心ですが、自分も知りたかった

    アナログ車両のライトのLEDをDCC化する際のCRDの記事もあり、そのあたりは

    参考になりそうです。

    裏表紙からはこのようなコミックも掲載されています。この女の子の名前は「でーこ」

    ちゃんですが、このタイトルだと「でこ」と読みそうです。こちらも連載されている

    ようで4ページ出ています。「でーこ」ちゃんがDCCに興味を持っていくという内容

    ですが、なんとなくほんわかしたストーリーです。

    目的であった、もう一つの展示も拝見します。16番の地方私鉄系車両の展示です。

    実物を撮り鉄した、岡山県の同和鉱業片上鉄道です。この青い客車も見たり乗ったりしました。

    こちらも撮り鉄に行った、宮城県の栗原電鉄です。右は青森県津軽鉄道のDC20です。

    この江ノ電はメーカー品ではなく、ペーパースクラッチだそうです。車両のほとんどは

    ペーパーを中心にしたスクラッチのようです。

    中央左の紺色は長野県の上田交通、その右の朱色は山形県の庄内交通です。上田は

    別所線の旧型車両は見たことがありますが、この車両は見たことがありません。

    左の長い車両はメーカーが試作して国鉄が借り入れていたDF41です。渋い車両を

    選んでいます。右の無塗装のは長野県松本電鉄(現静岡県・岳南鉄道)のED40に

    似ていますが、側面のモニターが違います。

    赤いのはこれも撮り鉄に行った秋田県の小坂製錬のDD13ベースの車両です。これが区間

    によって3重連、時には4重連で貨物を牽引しました。上に出てきた片上とはかつては同じ

    グループ企業で、青い客車を牽引しているDD13タイプのDLが小坂に転じたこともあり

    ました。隣の汽車会社製L型DLは勉強不足でわかりません。

    DC2台。左のステンレスは茨城県茨城交通のケハ601、右のキハ07タイプは

    わかりません。→追記:キハ07タイプは、「501」と書かれているので、もし

    かして昔茨城交通に在籍していた、元五日市鉄道のケハ501かもしれません。

    一番左は「イズッパコ」に転じた元西武101系で、これは現役です。

    蒸機の展示はこれだけでした。こちらは車両工作を楽しむという感じで、DCCとは

    全く無縁のようでした。

    1時間少々滞在し、1階の販売コーナーも覗いてみました。この間いじった16番

    オハ35の、窓枠がぶどう色2号の窓ガラスのAssyパーツもありましたが、結構

    お値段が高いので手は出していません。往きと同じ道を通って夕方に帰宅しました。

    「西武の赤電時代」

    2019.08.28 Wednesday

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      先日8月22日頃、書店で今月発売の鉄道誌を見ていたところ、ある雑誌の広告欄に

      表題の書籍をみつけました。2年前に刊行されたもので近隣の書店には在庫がなく、

      ネットでポチして購入しました。表紙のこの分割・併合の風景は当時リアルに良く

      見ており懐かしく感じます。

      15年くらい前から、実物の撮り鉄もほとんど行かなくなっていたので、実物関係の

      情報には疎くなっており、この書籍のことも知りませんでした。この頃から介護の仕

      事を始めており、介護の仕事というのはその性格上、3連休以上の長期休暇はまず取

      れず、宿泊旅行には行けない、と諦めていたこともありますが、実物の鉄道に興味を

      持たなくなったことも撮り鉄に行かなくなった理由です。

      最近の新しい車両に趣味的な興味を持てず、やはり昭和の時代の車両や路線を中心に

      しか興味が持てないのが実状です。

      今回の書籍は、昭和36年以降西武鉄道で採用された、ディープラズベリーとトニー

      ベージュに塗られた、いわゆる「赤電」の中で、戦前の旧武蔵野・旧西武系の車両を

      除いた、戦後西武で生まれた車両群を取り上げています。また副題の「3扉通勤車の

      系譜」にもある通り、赤電ではないが3扉車両である101系や赤電の冷房改造車に

      ついても取り上げられ、また4扉ですが赤電であった初代401系も取り上げられて

      います。自分にとってこの本に取り上げられている車両はほとんど実際に見たり乗っ

      たりしたことがあり、実際見たことがないのは311系と初代401系くらいです。

      それだけに自分が西武で一番興味を持った車両群であるともいえます。今では西武線

      にかつて赤い電車が存在したことすら知らない人が増えており、隔世の感があります。

      また西武赤電の総説的な解説にも、これまでの書籍ではあまり強調されていなかった

      「西武の赤電車両群は、同時期の他の鉄道会社(国鉄や大手私鉄)とは異なった独自

      の車両思想で作られ、運用されていた」というような記述が新鮮に感じられました。

      各系列の解説では、タイトルにその車両の先頭車の正面から見た写真が掲載され、各

      形式別に写真と解説が書かれているスタイルが、かつての「私鉄電車ガイドブック」

      や「私鉄電車のアルバム」に酷似しています。

      参考にしている文献はこれまで自分が実際見てきたものばかりなので、あまり目新し

      い記載はありません。写真のほうには、一部これまであまり見られなかったアングル

      や貴重な資料的価値の高いものもみられました。

      一つ個人的に気になったのは、551系に関する写真です。551系の6連の中で

      551F〜555Fの3本は、1973年頃からM車だけ空気ばね台車のFS−40

      に交換されました。この時代の551系が好きなのですが、きれいに下回りが写った

      編成写真をほとんど見たことがありません。今回もそのような写真は見ることができ

      ませんでした。M車のみFS−40時代の6連は1978年ころまでと短かったこと

      が理由の一つかもしれません。自分もきちんとした編成写真は撮影していません。

      4連化で、かつサハもFS−40化された写真は結構見受けられます。模型(16番)

      も同様で、空気ばね化される前か全車空気ばね化された模型はあるのですが、M車だ

      け空気ばねで6連の16番模型はほとんど見たことがありません。かくいう自分も一

      時フクシマの551系キット6両分を所有していて、この仕様を作ろうと思っていた

      のですが、結局作らないでキットや下回りを手放してしまいました。

      またかつては某サイトでの西武鉄道の掲示板に書き込んだ人を中心に、西武赤電に

      ついて語る会が生まれ、実際に何回か集まってオフ会を開いたりしましたが、以前

      にも書いたように会そのものは今も存続していると思いますが、自分を含む何人か

      は会を抜けてしまい、今は会のメンバーとは一切連絡が取れない状況にあります。

      いろいろ思い出の多い西武赤電、まだこの本を熟読していませんが、ゆっくりと読

      んでみたいと思っています。

      2019.8.25〜26 16番プラ客車(オハ35)改造

      2019.08.26 Monday

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        ここ何日か、朝晩が涼しく、また日中も気温がこれまでよりは低くなり、また湿度も

        低く、過ごしやすい日になっています。

        ベランダに干したタオルにアブラゼミが止まりました。明後日あたりからまた残暑に

        なるとの予報です。

        先月でしたか、ネットオークションでKATO16番のオハ47を購入し、それを

        晩年の客車編成として持っている「昭和50年代客車編成」(8両)に組み込んだことで

        それまでこの編成に入っていたKATOオハ35(戦前型・ブルー塗装)を捻出しました。

        ブルー塗装かつ近代化改造を行った外見でしたが、これをぶどう色2号、原型にして、

        「昭和30年代客車編成」に組み込むことにしました。一時GMのぶどう色2号のスプレー

        が在庫切れでしたが、先日たまたま訪れた模型店でみつけて買ってきたので、オハ35の

        作業を行うことにしました。

        車体の塗装をぶどう色2号にするほか、客用デッキドアを原型に戻し、台車もコロ軸受けに

        改造したものを、他車の原型台車と振り替えます。

        現状のオハ35をばらします。

        デッキのHゴム化されたドアを撤去します。Hゴムドアの窓のためにオリジナルの

        原型ドアの窓部分は広げてありますので、新たに原型のドアを用意する必要があります。

        たまたまKSモデルの原型ドアが手持ちにあるのでそれを使います。

        ドアを仮置きすると問題なさそうです。バリを取って塗装します。

        デッキの手すりはブルーのものをぶどう色2号で塗れば良さそうですが、材質の

        関係かすぐに塗料が剥げてしまいます。手すりについても昔パーツとしてブルー・

        ぶどう色2号共に購入していたものがあるのでそれを使います。

        ぶどう色2号の手すりパーツが若干足りないので、やむなくブルーの手すりをいくつか

        塗装することにして、ドアと手すりパーツにミッチャクロンマルチを吹き付け、パーツを

        外したボディのドンガラと共にぶどう色2号のスプレーを吹き付けました。

        一方で客用窓パーツを見ると、窓ガラス側に窓枠の表現が施されており、ブルーで窓の

        四隅が塗られていました。このままではブルーが残ってしまいます。窓ガラス部分だけ

        マスキングして枠部分をスプレーで塗るのは自分の技量ではとても無理です。

        考えた末に、テープにぶどう色2号のスプレーを吹き、そのテープを細く切って窓枠の

        ブルーの上に貼ることにしました。

        1枚1枚貼り付ける作業で肩が凝ってきました。はみ出てもその部分は車体に嵌めれば

        隠れるので長めにしています。

        きちんと垂直が出ていませんが、遠目から見たり走ればわからない、と「いつもの考え方」

        で割り切ります。25日は作業はここまでで終わりました。26日に続きを行います。

        原型ドアの窓から中が見えないように、車体のドア窓部分の切り欠きを左右に広げます。

        ドアを貼り付け、窓をはめ込んだ状態です。窓ガラスパーツを車体に嵌めた際、テープの

        厚みでテープ自体がずれてしまいました。修正が効かないところがほとんどで、再度上から

        新たにテープを貼る羽目になり、左右の枠はほとんどをやり直ししました。また肩が凝ります。

        手すりパーツです。左のぶどう色2号の手すりが1個足らないので、右のブルー

        の手すりをぶどう色2号で塗ったものを用意しました。ただしこの塗装したパーツ

        は「昭和30年代編成」に入っている、今回編成から外す予定のオハフ33に取り付け、

        オハフ33からぶどう色2号の手すりをこちらに移設します。

        車体を塗装したせいか、手すりを嵌める穴がきつくなり、一部は0.5mmドリルで

        穴を広げました。今度は逆に穴が緩くなったので接着剤を使ったり、一部手すりを

        飛ばしたものが一時行方不明になったりとバタバタしました。

        台車はエコーのパーツでコロ軸受化しましたが、原型に戻さずにオハフ33の原型台車と

        振り替えます。

        原型に戻したオハ35です。この35系の屋根パーツですが、向きが決まるように

        取り付け穴を左右非対称にしてあり、また43系と異なりツメによる固定ではなく

        43系よりも改良されていました。

        屋根には一部ブルーが付いていたので、キャンバス調塗料をタッチアップしました。

        元の屋根の塗料と違う色ですが、実車でも一部色の異なる屋根はあったのでそのままに

        しています。

        オハフ33は、台車のみ変更して、他は塗装やドアなど原型のままにしています。実際

        このような個体もあったかと思います。このオハフ33は、先日実物の写真が出てきた、

        小海線C56の貨物に客車を1両併結した編成に使う予定です。

        「昭和30年代の編成」は、

        スニ30 オハフ33 スハフ32 オハ35 オハフ33 から

        スニ30 スハフ32 オハ35 オハ35 オハフ33 の編成にします。

        (下線部が今回差し替えた車両)

        オハ35の窓枠が気になり、対策を検討しています。

        EF1628の詳細

        2019.08.21 Wednesday

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          昨日群馬県みなかみ町まで、静態保存されているEF1628号機を見学に

          行ったことは下の記事に書きましたが、昨日だけ機関車内部を時間を決めて

          公開してくださいました。

          かつて現役時代の時も水上機関区を度々見学しました。時には機関車の運転室

          に入れてもらうこともあり、その際に機器室をちらと覗くことはありましたが

          機器室の通路を歩くというのは今回が初めてです。

          公開時間は11時から12時で、現地には午後の講演の講師もいらっしゃり、

          見学にあたり見るポイントを教えてくださいました。

          中は狭いので、2エンドから入って反時計周りに見学することになりました。

          デッキ横のステップからデッキに上がり、正面のドアから中に入ります。

          デッキから見た機関士席側窓とライト周りです。

          2エンド機関士席です。手前のマスコンはノッチが刻んであるレバーのガイドが

          なくなっています。マスコン中央部に丸で囲まれた「芝」の刻印は東芝製を表して

          います。右端のスイッチ箱の上にちらりとメーターが見えていますが、この部分に

          6連のメーターがあり、回生ブレーキ時にこれらのメーターを見ながら回生ブレーキ

          操作を行っていたとのことです。

          2エンド機器室に入ってすぐにあるのは、下側の丸いものが回生ブレーキ用の

          励磁機だそうです。上にはブロワー?が移設されています。

          その奥には走行時にスピード制御を行う抵抗器を切り替える単位スイッチです。

          これを入れたり切ったりして抵抗値を変化させ、モーターの回転を変えていました。

          この箱は、講師によれば「極性継電器」と言い、回生ブレーキはモーターで発生

          させた電気の電圧が架線電圧より高くないと架線を通じて回生して電気を返す

          ことができません。その電圧が架線電圧より高くなったところで架線に返せるよう

          にモーターの回路を切り替えるという大事な装置だそうです。また講師曰く、上の

          励磁機やこの極性継電器は、おそらく日本でここだけの貴重な産業遺産とのことです。

          1エンド側運転室との仕切り部分です。

          その下側にはMGがあります。丸い筒のようなものがMGです。

          1エンド側機関士席です。

          ちなみこちらは自分が撮影した現役当時の別の車両の機関士席です。

          画面右、マスコンの上にスピードメーターがあり、さらに上に丸型の

          メーターが4個見えます。画面暗くてわかりにくいですが、これが

          回生ブレーキ時に機関士が確認するメーター群です。28号機では

          角型メーターですが、同じものだと思われます。

          その背面(機器室側)です。各種スイッチが並びます。

          再び機器室に入り、さきほどとは反対側の通路です。これはブロワー用モーター

          と思われます。「NO1」とありますが、ブロワーは2個搭載されており、こちらは

          「NO1」だということです。機関車番号と、下の数字は点検した年月と思われます。

          (西暦ではなく「昭和」54年11月です)

          「OM」は当時検査を担当した国鉄大宮工場の略です。

          これは何なのか講師にお尋ねしたのですが、おそらく6個ある主電動機の繋ぎ方を示す

          ものではないか、とのことでした。前から順番に1〜6とモーターに番号が振ってあり、

          レジュメによると「並列つなぎ」の時この表示のようにモーターを繋いでいるようです。

          ちなみに並列つなぎとは現場で「パラレル」「パラ」とも言い、最も主電動機の回転が

          速くなるつなぎ方です。回転は速いが牽引力は小さくなります。

          区名札入れには、左のようなものも入れられていました。

          機関車の説明文です。去年作り変えられたようです。「SLみなかみプロジェクト」とい

          うのが今回のEF16や、D51を整備した団体名です。

          今後またEF16について何か行うことがあれば、自分も喜んで資金援助など行いたいと

          思っています。本当に当時はEF16に入れ込んでいました。

           

          2019.8.20 群馬県みなかみ町に行ってきました(EF16)

          2019.08.21 Wednesday

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            JUGEMテーマ:鉄道

            昨日、8月20日に新幹線利用の日帰りで群馬県みなかみ町に行ってきました。

            きっかけは1か月ほど前、たまたま7月に発売された鉄道誌を書店で見ていた際に

            イベント案内として、「EF1628号機記念講演会」というのを見つけたからです。

            これまでここでは書いておりませんが、40年ほど前、上越線水上−石内の補機の

            EF16が置き換わる直前に足しげく上越線に通ってEF16を中心に撮り鉄して

            いました。EF16が引退後、EF1628号機が水上機関区からほど近い場所に

            静態保存されました。確か保存されて間もない頃に1度28号機を見に行っています。

            その後すっかりみなかみ町にも行かなくなっていましたが、今回の記事を見て、

            ネットで調べていろいろわかってきました。

            みなかみ町ではその後水上機関区跡に後閑駅にあったD51745号機が移設され、

            痛みが酷くなったD51を整備するという目的で地元を中心に団体ができ、町の活性

            化として町の関係者も巻き込んで活動され、D51が綺麗になったそうです。

            余談ですが、このところ書いている地元のD51も、このような形で活動していれば

            残すことができたかもしれません。

            さらにみなかみ町に縁のあるEF1628号機も荒廃していたので、今回クラウド

            ファンディングで資金を集め、無事目的額を達成したので外部塗装の塗り直しなど

            を行い、今回そのお披露目と共に、専門家をお招きして講演会を開催することに

            なったそうです。

            さらにネットで調べた課程で、EF58・EF15・EF16の現役時代の写真を

            中心にまとめたサイトを見つけました。サイト管理者様とやりとりしているうちに

            当時同じ日に同じ場所でEF16を撮影していたことがわかり、管理者様も今回の

            講演会に来られると聞きました。講演会は参加無料ですが事前の申し込みが必要と

            いうことで、自分の方が先に申し込みました。クラウドファンディングには参加

            していないのでうしろめたさもありましたが、大好きで、いわば「青春を賭けた」

            EF16のことなので参加を決めました。

            またこの講演会に合わせて、同日にEF1628号機の内部を特別に公開すると

            いうこともあり、これら会場に行く手段を考えました。新幹線の上毛高原駅から

            も近いので、当初は新幹線で上毛高原駅に行き、レンタカーを借りる予定で手配

            しました。

            その後調べると上毛高原駅から水上駅まで路線バスがあり、会場近くも通る上に

            移動にちょうど良い時間にバスがあることがわかったのでレンタカーをキャンセル

            しました。

            前置きが長くなりましたが昨日20日に実際行ってきました。

             

            朝最寄駅から西武線に1駅乗って、徒歩で武蔵野線の駅に向かいます。秋雨前線

            の影響で雨が降りやすいということなので、当初は自転車で武蔵野線駅まで行く

            予定でしたが電車利用としました。大宮駅に出るのに春に利用した直通の「むさ

            しの」号があることがわかり、春の時より遅い「むさしの」号を利用しました。

            大宮に到着し、新幹線に乗り換えます。乗車予定の列車にはまだ30分くらい

            あり、新幹線駅コンコースに行くと夏休みだからかごったがえしていました。

            ホームに上がると蒸し暑かったのでまたコンコースに戻り、列車の時刻まで待つ

            ことにします。

            10分前くらいにホームに上がります。往きの列車は事前に「グランクラス」が

            あることがわかっていたので、E7かW7が使用されることがわかりました。

            混雑するだろうと思い、あらかじめ指定席をとりました。

            やってきたのはE7です。指定席は降りやすいように通路側の「D」席にしま

            した。最新の新幹線だけあって座席も快適です。車内案内で「上越線は昨日

            (19日)の大雨で列車に遅れが出ています」と出ていました。

            この列車は各駅に大宮、熊谷、本庄早稲田、高崎、上毛高原と停車します。

            それでも大宮−上毛高原は50分弱です。本庄早稲田駅ができてからはおそらく

            初めての利用です。駅の西側目の前には早稲田大学の施設がありました。下車

            した人はおそらく早稲田大学関係の人だけだと思われます。

            E7には座席にAC100Vのコンセントがありますが、60㎐でした。北陸

            新幹線は途中で50㎐と60㎐の切り替えがあり、今後延伸されると60㎐

            区間が長くなるので電源を60㎐にしたのかもしれません。

            上毛高原が近づき、下車準備します。車内からホームを見て驚いたのは、駅員

            以外ホームに誰もいなかったことです。列車からは何人か下車客がいました。

            この列車は通過待ちで5分ほど停車するので撮影してみました。

            追い抜く列車は出口に移動中にちょっと見えましたが、速達型と思われますが、E7

            ではなくE2で、ちょっと意外でした。

            駅を出て、駅前のバス停からバスに乗ります。車内は自分を入れて5人しか乗っていま

            せん。事前に確認し、このバスではSuicaなどICカードは使えないということ

            です。定刻に発車し、県道を走ります。途中の停留所で乗車する人はなく、途中上牧駅

            前で1人下車し、さらにEF16のある道の駅のバス停で自分を含めて3人下車しました。

            他の男女2人は一緒で、後でわかりましたがEF16が目的の方でした。

            運転手さんから道の駅への行き方を教わり、進むとかなたにEF16が見えてきました。

            全体の再塗装など整備をしたそうで、側面にはプレートが付いていません。

            少しずつ見学者が増えてきました。自分たちくらいの年代の方が多いですが、おそらく

            EF16の現役時代をしらないと思われる方も見られます。

            時折雨がぱらつきますが、現役の「撮り鉄」や自分など元「撮り鉄」達は傘もささずに

            平気で撮影しています。

            第1エンド側ですが、ライトのレンズが入っていません。

            区名札は「水」が入りました。

            第2エンド側です。ライトレンズはありますが、助士席側のワイパーゴムがありません。

            エンド表記の左、塗りつぶされていますが、かすかにATSの「S」表記が見えます。

            11時近くになって、主催者から挨拶と説明が始まりました。この後内部の見学になり

            ます。内部については稿を改めて記します。

            主催者とお話しました。今回の再塗装にあたり、JRに色の確認をしたそうです。また子供

            の頃このEF16で遊んだこともあるそうです。運転室内は部品がなくなったり破損して

            いるそうで、プレートも一部盗難にあったそうです。しかしそれ以外は部品などはあるよう

            に見えます。

            下回りなどはほとんど現役当時のままと思われます。画面右側、ATS車上子も見えます。

            この見学の時に声をかけられました。サイトの管理者でした。自分も「この人ではないか」

            と思っていた方でした。挨拶のあと、いろいろお話しました。

            道の駅にはオリジナルのプレートが保管されています。現在車両に付いているのはレプリカ

            だそうで、当時の図面を参考に木型も作って再現したようです。

            12時を回り、その方と一緒に食事にします。併設の道の駅はお昼時とあって混雑しており

            手作りおにぎりを1個ずつ買って、EF16の見える場所で食べながら話をしたり、お互い

            持参した当時の写真を拝見します。

            講演会会場はここからバスで2つ先で、13時過ぎにバスがあります。予定時刻になっても

            なかなかバスが来ず、遅れてやってきました。びっくりしたのは、2停留所乗っても、運賃

            は(大人でも)100円だったことです。上毛高原〜道の駅は結構なお値段でした。よく

            隣までは特例で100円とか格安運賃のことがありますが、2区間乗っても安いのはあまり

            見たことがありません。

            講演会会場のバス停に着くと急に雨が強く降り出し、傘をさして急いで会場に向かいます。

            会場で受付して席に座ります。参加者は30人超くらいでしょうか。驚いたのは会場の部屋

            には冷房がありません。近年まであまり暑くはなかったのでしょうが、今は雨が降って涼

            しいですが、ついこの間までの猛暑だったらどうしたのでしょうか。外は土砂降りで時折遠

            くで雷も聞こえ、部屋の中を涼しい風が吹き抜けます。

            13:30から挨拶のあと、技術士の国家資格を持つ講師の講演が始まりました。自分の

            5歳上で、やはり高校時代にEF16を見て通い詰めたそうです。お仕事も国内外の鉄道

            機器メーカー勤務で、EF16の影響とのことです。

            講演は講師の作成されたパワーポイントで行われ、それを印刷したレジュメが配られま

            した。専門家だけあって、回生ブレーキの運転操作や回路図などの解説がありましたが、

            もう少し突っ込んだお話が伺いたかったと思いました。

            最後に質疑応答があって15時に終了しました。その後も個人的に質問を受け、自分も40

            年間気になっていたことをお尋ねしました。回答はいただきましたが、講師は「何回も同じ

            質問を聞いた」と言われ、愚問であるかのように言われ、こちらはわからないから聞いて

            いたのにいささか不快でした。

            このあと急遽またEF1628の内部を公開することになりましたが、自分たちは帰りの

            電車のことがあるのでここで帰ります。管理者様は水上駅に出て在来線で帰られるとの

            ことで、会場でお別れしました。

            再びバスで上毛高原駅に向かいます。途中「銚子橋」というバス停を通ります。バス停の

            近くに、利根川の流れを入れて、背景に上越線が入る有名撮影地があります。当時この

            場所でも撮影しましたが、水上駅からバスで行ったかあるいは徒歩だったか記憶があり

            ません。当時バスはなかったかもしれません。今日の利根川は大雨の影響か茶色い水です

            が、それでもゴムボートで川下りをしていました。普段より水量が多いはずですが大丈夫

            なのでしょうか。

            上毛高原駅には定時より若干早く着き、乗車予定の電車まであと15分程度なので、急い

            で駅前のお土産店で買い物します。帰ってから食べられるものなど買い、上りの新幹線

            ホームに向かいます。帰りは越後湯沢発のMAXで、8両ですがE4ですから空いている

            と思い自由席にしました。

            列車は予想通り空いていました。E4は3列席だけで、しかも椅子の間にひじ掛けはなく

            リクライニングもしません。台車上の「地平」といったほうがいいのか、そこの座席は

            リクライニングするようです。車内案内には「上越線 大雨のため越後中里−水上

            運転見合わせ」と出ていました。昔から上越国境は雨が良く降りました。夏に晴れた記憶

            はあまりありません。水上に向かった管理者様は、水上駅から上り東京方面ですから

            おそらく大丈夫かと思います。高崎からは晴れていましたが、雨は降ったようです。

            大宮近くでは虹も見られました。

            大宮に着き、京浜東北、武蔵野線と乗り継ぎます。武蔵野線は途中から座れました。

            西武線に乗り換えて18時半ころ帰宅しました。東京では雨には降られないですみました。